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みんなの「パーティー」ブログ


日米協会100周年記念イベント

2017/04/26 17:38
4月13日
去年の99周年は、個人の都合で欠席して、家族だけ参加しましたが。今年は参加いたしました。プログラム表紙と中です
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100年前の4月13日に日米協会が設立されたのを記念しての式典です。代々の会長には、そうそうたるメンバーが名を連ねております。

そしてその会に、なぜか入れて貰っている我が家族です(笑)私は久々の着物。しかも第一礼装の指定なので、色留めなど引っ張り出して、会場のホテルの美容室で、着付けてもらうことに。画像はとてもじゃないですが、お見せ出来ませんので、あしからずです。
イベント会場では、テレビカメラや大勢の報道陣が。
日テレのニュースがYOU TUBEにアップされています。https://www.youtube.com/watch?v=wbrMr5fOEMc
首相官邸サイトhttp://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201704/13shikiten.html
外務省のサイトhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page3_002066.html
在日米国大使館サイトhttps://jp.usembassy.gov/ja/america-japan-society-celebrates-centennial-anniversary-ja/

この日の特別招待者は天皇皇后両陛下でした。実は少しだけお話させていただきました。嘘のような本当の話です。
その後のパーティーでは、東儀さんの演奏が。
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料理の写真を撮るのを忘れてましたので、一枚だけ
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再びレポの前に要らないでしょうが

2010/01/13 13:27
本当に「耳にタコ」が出来るくらい書いていますが「要らないでしょうが」レポの前に余分な事を。

本当に世の中って、何が起こるか判らないものです。

まさか平凡でKYで自宅が大好きな一人のオバちゃんが、たった一人の人と知り合ってから「ドンドンとご縁」が広がり、その方からのご招待やお招きを「成らぬ勘忍するが堪忍」とばかりに色々な事を経たためじゃないかな?と思ってます。

実は、大使館内のイベントに行くのは、今回で3回目です。
その時の事はオンタイムに書いていませんが、嘘じゃない証拠に「ダウンしてました」2007年9月14日の記事です(リンクして有ります)に書いています。

その時は「某国大使館」と有りますが、実はロシア大使館です。その後は、大使館には「ビザの申請」に行くくらいでご縁は無く、去年の暮のブルガリア大使館のクリスマスパーティーに行きました。

この日付、お判りですか?12月19日のキンキコンと重なってましたのです。20日はキンキコンへの何度かのオイシイお誘いを受けてお断りして、既に花道脇前から4列目のチケットも取って有った「中村勘三郎さんの『野田版鼠小僧』歌舞伎」の日でも有ったのです。

それらも成田にPを迎えに行ってまして、ダメだったのです。

本当に犠牲も払いつつの社交なんです。

ブルガリア大使館の事は「こればっかりだな〜。要らないでしょうが・・・」 2009年12月19日(リンクして有ります)

そして今回はアメリカ大使館での「日米協会の新年会」に参りました。

去年のうちに、このような招待状が届きました。計3通。娘二人と私の分です。アメリカ人のPは「良いな〜、行きたいな〜〜」と言いますが「あなたは帰国してからの日にちだから今回は諦めなさい」と非情な私(泣)

招待状です。アメリカの「白頭鷲」の紋章付きです。

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差出人

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緊張しました。だって、やはりアメリカ大使館での「日米協会」主催の新年会。

駐日大使「ルース氏」と言えば、オバマ氏が予定外の人事をなさったと言う話題の駐日大使ですものね。ご招待してくれた方も前の大使にならば何度もお目にかかっているも、今回はルース氏は初めてだとか。

余計に緊張しますよ。私はご招待者に「ドレスコード、ビジネスってどの程度?」とか聞いてしまいましたよ。

皆様、実に仕立ての良いスーツか着物だったら訪問着でしたね。

私は本当は「鶴のつけ下げ」で行きたかったのですが、なんと「シミ抜き中」につき(号泣)「外国の風景を染めた訪問着」にしました。

しかしこの日は、氷雨。普通のコートを着てその上に雨ゴートを着て完全防備。

アメリカ大使館に歩いて数分のホテルオークラで待ち合わせをして、予定の時間より早めに行くと警備の方達から「10分前じゃないと開かない」とつれないお返事。

そこで寒いのに引き返します。

予定時間6時を少々超える頃に行くと、セキュリティー甘過ぎる!なんと、門の中の薄暗がりで招待状をチラっと見るだけ。それでは、本人かどうかが判らないでしょう?

我が家の場合は、3人で行くはずが下の子が行かれなかったので、一枚招待券を無駄にしたのです。

こんな簡単なチェックだったら、他の人をお連れしても判らないじゃない?と思う私。


入り口で名札を頂く時にダブルチェックかと思いきや、それも無く。なんだか不思議です。

一応、写真OKなのでパーティーの画像は載せます。

鏡開きです。真ん中の方は「ルース氏」ではないです。ルース氏は、緊急のハワイの会談に出席のため欠席でしたから。

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ジョージワシントンの肖像の有る部屋。ターナーの絵も掛けてありました。暖炉は勿論本物で、火が焚かれています。
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アメリカ軍の軍楽隊の演奏
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人が映ってしまうので天井だけですが(上の写真は、公人3人なのでアップします)
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万が一、もっと興味が有ると言う方はあと少しですが画像をアップして有ります。

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入ってすぐに、飲みモノを配られて温かい軽いスナックが運ばれます。

皆様談笑しながら始まるのを待ちます。

そして、ルース大使夫人のご挨拶と日米協会の大河原代表のご挨拶とそれぞれの国家吹奏の後鏡開きでした。

その後は、立食パーティーでした。その席で、頂いた名刺。大事にしようと思う私。なぜ私??と思うも、深く詮索はしませんことにします。きっと何らかの意味が有るのでしょう。

もっとも、剛君のためになるか?と言ったら、全然でしょうけれども。だって、アメリカの軍部の方と剛君、結びつかないでしょう??

しかし、大使が代わると内装も変わるそうですが、やはりブルガリア大使館のフレンドリーな雰囲気とは全然違って、場所も都心一等地ですし、なんだか「別世界」の話みたいです。

ところが、その後、ホテルオークラのレストランで皆様でお茶しているとマイケルジャクソンの映画を見に行こうと言う流れから、SMAPの木村君の話になりました。

もうね、口がムズムズ。この前の宝塚の時には、嵐のファン。今回のアメリカ大使館の時にはSMAPファンが・・

何時かどこかでキンキファン、剛君ファンと巡り合える日を夢見ずににいられましょうか??


かくして、私、本気で今のお付き合いの連中様に「キンキの剛君ファンでありソロの剛君の大ファンである」というのをカミングアウトする日は近い??と思ってますが。

では、今日も出かけますのですが、時間の限り「11日」のレポしたいと思ってます。
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驚きのご縁

2009/12/02 02:08
すみません、本当に余分な事なんですが。

昨日は色々な作業をしつつレポを書き進めていましたが、夕方から家人も私も懇意にしている政治家のパーティーに家人の代わりに出席することになっていました。

政治家の話す色々な事をここで書いても良いのですが、音楽だけでも面映ゆい思いをなさっているだろうに、政治を語る事は私のような浅学菲才な人にはチョイ困ったことになりそうですので、遠慮します。

しかし、そのパーティー、実に色々な方がお見えでして、私の住んでいる地域に芸能人が多いという証明なのか?地域の有力者のパーティーに行くと、必ず、芸能人が見えています。

面白い事に、昨晩は、キンキ以前(キンキが出たかは記憶にないのです)のジャニーズが一度は絶対に出た事が有るはずの某局の歴史に残る長寿の「音楽番組」(今は終了しています)の長い間司会をしておられた女性の方が見えられてました。

政治家の親戚?だったかな?とその女性が仲良しで、昨日の会合に見えられたそうです。
私の浅い知識でも「政治と芸能界」って繋がってますね〜〜。そう思えます。

そしてもうお一人の芸能界の方もいらしてました。その音楽番組と違う某局の朝の顔の司会者の方もいらしてました。

ミーハーな私ですが、この日ばかりは「家人の代理」と言う事でミーハー精神は閉じ込めます。

5日の日は、やはり地域に住んでいる今度は某局の夕方の顔???の男性の主催する音楽界も有り、私も出席しますが、そこでもミーハーは控えます。

そちらの方は今年の夏の「夏フェス」(バブルガムブラザースさん・minmiさん・クレージーケンバンドさんetcが出演なさり、「音組」からも花束が来ていました)の主催者でもあられます。

その辺の記事は
8月2日の私の記事「コンな時期に、KY(空気読めない)記事かもしれませんが。 」(リンクしました)
に出ていますので、私の妄想やウソじゃないのはお判りじゃないか?と思えます。

そして、もっと面白い事を知りました。

その政治家さんのパーティーへいらしたもう一人の政治家さん、実は「流行語大賞」の授賞式で遅れられたとか。今回の政治絡みの「流行語」が二つ候補に選ばれましたよね?そのうちの一つの言葉の方です。

彼の話で興味を持ってネットのニュースを見ましたら・・・なんともう一人見知った政治家さんのお顔が。彼hクラシックの方経由で知り合った方。

そしてミーハーな私がひっくり返る事を知りました。その政治家さんの元の奥様は、剛君の母親役をしてられた女優さんでした(驚)これは知らなかった。誰も私に教えてくれない・・と言うか、皆様、芸能界に疎くて「元宝塚」の方(その昔、一世を風靡した三人の中の一人です)すら知らないのだから致し方ないか。

もうね、面白い偶然なご縁に笑うっきゃない私です。

その政治家さんは、今日のパーティーの政治家さんとよりは、私は親しくはしていませんが、やはりパーティーで何度もお会いしてお話していました。

まあ「元」とつくから、奥様のお話は出来ないですのですが。

しかし些細な事ですが、「我田 引剛」な出来事です。

知らなかったんです、彼の元の奥様があの女優さんだったなんて。

しかしこれで三人目です。三人とも「ドラマで剛君の母親役をやった方」との面白いご縁が出来ました。

そのうちのお一人はダイレクトにお目にかかってお話すらしましたが、色々な関係上、私が剛君のファンだとは知らないのです。

もうお一人は、トンデモナイ方のお知り合いで、彼女の家によくいらっしゃるそうですがまだお会いした事はないです。

そして今日の方の元奥様で三人目。一人ならともかく三人と言うのも「不思議なご縁」です。

ホント世の中って「誰と誰が繋がっているか?判らないもんだ」と痛感した日です。
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ショパンの曲が頭を流れました その2

2008/12/19 13:10
と言う訳で、なが〜〜〜い前置き第二弾でした。

昨日のパーティーは、ある年代以上の方ならば日本で知らない人はいないのじゃないか?と思うような方達の集まりなるも、やはり「押し寄せる時代の波」と「高齢化」と「経済効率優先の企業論理」で、「優雅に芸術と言う共通の趣味で、どんな方でも気兼ね無く集まり社交にいそしもう」と言うコンセプトは時代遅れなのか、「先細り」なのだとおっしゃってました。

皆様がた、それぞれに後継者様達が立派におられるも「この不景気に、会社を守り立てるのが先」とばかりに、会への参加も無く、来られるのは「現役を退かれた方ばかり」

そのためか?私の頭の中に「ショパンのポロネーズやエチュードが」が頭を流れちゃったんですよ。「ショパンが、祖国を偲んだ曲」が彼らの「古き良き時代を偲ぶ光景」とリンクしてしまったのです。

会場が、都内の昔から有る格式高い会場ゆえ、その豪華さとちょっと古めのインテリアとが余計に相乗効果を醸し出し「私の頭の中にはショパンが流れちゃう」のです。

今後は、どう転ぶか判らない世の中、ですから余計に「今有る幸福」を大事にしたいし、「失ってからでは遅い」ものが有ると思ってます。

ショパンの祖国ポーランドのように、ユダヤの民のように、「国が無い悲劇」「ホーム(変えるべき国家)が無い悲劇」を私たち日本人は、味わった事が無いじゃないでしょうか?

幸いなのかなんなのか、私にも娘にも「異国の友」が沢山います。彼や彼女達の声を聞いていると、やっぱり、まだまだ恵まれていると思わざるを得ない時も有ります。

話をそこまで大きくしないでも、キンキキッズの活動は少なくとも恵まれてる方だと思えますがと言うと、オンリーの方に「お前に何が判る」と叱られえると思えます。

ですが、少なくとも私は大きな流れに逆らうためには、個人の力じゃ無理。個人の力を集結するのならば、「時代の流れ」を味方にして、効率よく動かないと、かえって反対方向に押しやってしまうと思ってます。

物理の「作用反作用の法則」だと思えます。これは「壁を押すと壁からの圧力で、同じだけの強さの力で反対方向に押し戻される、もしくは、ボートを漕ぐ時には、岸をオールで強く押すと、ボートは岸からその押した分の力だけ離れる」と言うものです。

それって、物理だけの問題でしょうか?「人間関係」「望みのかなえ方」などや「要望の通し方」にも言えないでしょうか?

あまりにも「あからさまな要望」は作用反作用にならないかな〜とオバちゃんには思えます。「相手を知り尽くしてから、作戦を練る」と言うのは、戦略上jの大事な事のはず。

事務所だって、今は苦しいはずですよ。テレビ局だって、スポンサーの資金の出し渋りで、番組制作やなんやかんやで大変なはず。そんな時に、闇雲にヤイノヤイノ言われてもな〜と思えます。

もし要望をお出しになるのならば、しっかりとした「プレぜン」をなさるつもりで、グラフによる「売り上げ統計」「視聴率の統計」調査とか「ファンの意識調査」のマーケティングなどを実行なさって確たる証拠を添付なさり、企業も動かざるえないようなモノを作りあげられたら、良いかもですと思ってます。

ましてや有名なファンの方で男性で一流企業にお勤めで、仕事が出来て・・と言う方ならば、そのような事はお出来にならないかな〜と思えます。

勿論、私のような一介の「蘊蓄垂れオバちゃん」には無理ですから、ぜいぜい「草の根運動」で知り合いに「剛君の良さ」を判って貰うくらいしか出来ませんし、CDを買うとかグッズを買うとかの些細な協力しか出来ませんが。

幸いな事にカリスマ性のある管理人様で、企業でご活躍の方がおられるのならば、その方ご自身は非常にお忙しいとは思えますの、到底、ご自身が動かれるのはご無理だとしても、その方のノウハウを他の人に伝えて、皆様で協力なさって資料を集められたら、出来るのじゃないか?と思えます。

「仕事が忙しくて、お前のようにヒマなオバンの考えるような事は出来ない」とおっしゃるかもしれないですよね。

しかし、サイトでいくら「要望」や「不満」を口に出しても、変わらなかったら、「要望書を送り続けても変わらない」のならば、方向性を変えてみると良いのじゃないでしょうか?と思えますが。

もし、本心から「何か、事態を打破したい」と思いならば、「妄想や憶測」の垂れ流しでは止めて「前向きな動き」を一団結なさって起こした方がと思えます。

幸いと言うか、私のようなものでも、特別に時間を設けなくても、コンサートの合間にでも常連様と少しの間でもお目に掛かりる事は可能ですから、今までに常連様の何人かにはお目に掛かっております。

ですから、いくらお忙しい方でもコンサートに行かれるお時間がお有りならばならば、その合間に「常連様とお目にかかる時間」は出来るのじゃないか?と思えます。

ほんの10分でも、連絡事項くらいは出来ると思えますよ。

私のようなものでも、以前は「ファンの集い」みたいなものを計画して実行した事も有りますので、どなたかが音頭を取ればやって出来ない事は無いのじゃないかな〜?と思えます。

もっとも、今は、どなたもお忙しくてそれどころじゃないかもしれませんが・・でも、動かなければ、事態は変わらないと思えますよ。

今は、本当に厳しい時代。それが良い悪いは別として、企業も生き残りを賭けて必死のはずです。

大変に厳しい事を申すようですが、いくら言葉で「協力します」「お願いします」と言っても、中々企業は動かないのじゃないかな〜と思ってます。

明らかな数字で示されれば、企業も動くのじゃないでしょうか?と思えますが。いかがでしょうかしら?甘いかしらね〜。でも、少なくとも、メールでの波状攻撃やら手紙での要望よりも、企業側にとっては「考えて下さる」要因にはなると思えますが。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 13 / トラックバック 0 / コメント 0


ショパンの曲が頭を流れました

2008/12/19 12:46
昨日、ご招待されたパーティー。

都内某所で行われたのですが、なんと、司会者が「テレビ朝日のアナウンサー」さん。お名前は失念していますが、夕方のニュース関連ではお馴染の方でした。

しかし、色々有って、パーティー終了後、私の頭の中を「ショパンの数々の曲」が流れ始めました。

またまた「知ったかぶって〜」と言う非難の声が聞こえそうですが
クラシックの門外漢は門外漢なりに「勘とフィーリング」でショパンなどを聞いていますのですから、私なりの「ショパンの解釈」でしか過ぎないんですが、昨日のパーティーとショパンの曲が、微妙リンクしてしまったのです。

幼い頃、クラシックが好きな私の母親が、母自身も自分もピアノを習っていたためか「ショパン」は幼心にも耳慣れた曲でした。

しかしその時に母が語った「ショパンの曲にまつわる物語」が小さい頃の私には「怖くて強烈」で、それ以来ずっと「ショパン」が生理的に苦手でしたのです。

それゆえ、若い頃はヴェートーベンの強さに惹かれ、子育ての大変な時には「マーラー」とか「サティ」とか「ヒーリング?」的な変わった感じの音楽ばかり聞いていましたが、今では、そのトラウマも消えたのか「一番好きな作曲家」となっています。

母が私に何を語ったかと言う前に。例によって、長〜〜い前置きを。

私のような浅学非才なオバちゃんに講義されなくても、皆さまは「ポーランドの歴史くらい、知ってるわ〜」と言われそうですが。

ショパンは故郷のポーランドを離れ、ウィーンで演奏活動するも、故郷であるポーランドの度重なる政変が原因で、ウィーンからパリに移らざるを得なかったそうです。母から聞いたそのエピソードが、どういう意味を持つか幼き我が身には、半分も判らずでしたけれども、私は今でもショパンのピアノ曲を聴くと、脳内に鮮烈にそのエピソードが浮かびます。

ポーランドほど波瀾万丈のアップダウンを経験した国って、類を見無いのじゃないでしょうか?と私には思えます。

王国の台頭。分裂。他国からの侵略。再びの王国の再興とその栄華と衰退。列強からの侵略etc多くの人々の血が流れ、多くの人が「祖国を失い」各地に散らばりました。

実は、そんな風に「故国を捨てた女性」をダイレクトに知っています。

父の知り合いに「娘に英語を習わせたい」と相談すると、「大変、綺麗な英語を話す方を知っている。ちょっと事情がお有りな方ですけれども、英語の綺麗さもマナーも超一流の方だから、安心してお嬢様を任せられるわよ」とご紹介を受けました。その日本人の知り合いも、「世が世なら」と思うような育ちの方でしたので、その方の「お墨付き」でしたので間違い無いと思えます。

紹介されたポーランド系アメリカ人女性も、話す言葉の綺麗さとか立ち居振る舞いとかが最高級の貴婦人でしたが、申し訳無いのですが彼女の旦那様の「軍における位置」は、決して高いとは言えず、むしろ「軍における地位は、かなり低かった」と思えます。

在日のアメリカ軍の最高司令官の方のご招待で、ベース内の「将校専用クラブの就任パーティー」に招かれた時に「あ〜、アメリカでも、いわゆる特権階級と言われる人は、話す言葉も立ち居振る舞いも全然違うんだ〜」と思った記憶が有ります。

その時にお話しした「将校クラスのエリート軍人」さんと他の時に見聞きしたアメリカの外交官とかのエリートさんと彼女のご主人様は「一線を画して」いましたのです。

おそらく彼女のご家族はポーランドの名の有る階級のお嬢様で有ったのだろうな〜と私にですら容易に想像がつくような優美な方でしたが、旦那様は実直で真面目で良い方でしたが、中南米の小国の出身の方でした。

いわゆる「WASP」(White Anglo-Saxon Protestant 白人・アングローサクソン プロテスタント で、アメリカのエリートを指す。その中でも、最初のメイフラワー号で英国から渡って来た一握りの家族は、階級社会が無いと言われているアメリカでも、貴族特権階級と言われていると思えます)では無い方でした。

彼女はやはり思う事が有るのか、英国留学を控えた娘を持つ私に「どうすれば日本人のあなたが英国のボーディングスクールに入れる事が出来たのか?」と根掘り葉掘り聞かれました。もっとも、私はそんな深い意味が有って英国にやった訳では無いのですし、当時は「日本の偉光?」めいtまおのと、英国の「外貨欲しさ」の制作とが一致したため、「日本から生徒を入れよう」と思ったのじゃないかと

その代わり、英国人の生徒と留学生の生徒の学費や寮費は、数倍から場合によっては、10倍の開きが有り、その分学校経営は潤うと言う事でしたから、英国人の生徒には「身元保証がうるさい」学校も、留学生んみは比較的規制は無かったと思えますが。

彼女は「私も出来ることならば、娘をヨーロッパの寄宿学校に行かせて、レディー教育を施したいのだけれども・・・でも、今の私の状況じゃ、とても無理だし」と愚痴られた事も有ります。

本当にまれに見るほどの優雅で典雅な雰囲気を、身に付けている方でしたのです。そのため彼女の周りの軍関係の奥様からは、ちょっと浮いた存在でした。

「この気品は、一朝一夕では身につかない」と感心をするするような方でしたので、その時に「ポーランドの貴族階級の残り香」を肌で感じましたのです。そして、段々と「ショパンの曲」に対する「怖さ」「忌避感」が薄らいできました。

話をショパンに戻しますと、ショパンが作った数多い作品のうち「ポロネーズ 変イ長調 作品53 」は別名「英雄ポロネーズ」と言われる曲は、ナポレオンにささげるために作り、エチュードの「第12番 ハ短調」は別名「革命のエチュード」と言われるように、その時々の「ポーランドに対する思い」を曲にしたショパンでしたので、彼ほど「祖国を愛した作曲家」は珍しいのじゃないかな〜と思えます。

長い前置きの末に、やっと「母が話した怖い話」に辿り着きますが。
ショパンが「ポロネーズ」を弾くと(幼い頃の記憶ゆえ、もしかしたら、ショパン自身じゃ無く、他のピアニストだったかな?)長いドレスの裾を引きずった貴族の貴婦人や貴族の貴公子達が、ピアノの周りでワルツを踊ったりしながら、最後にはさめざめと「自分達の悲しい運命を悲しみながら泣いている」と言う話でした。

それゆえに、今でも、ショパンの天才的な弾き手のコンサートには、その貴族達のさまよえる魂が、ピアノの周りにたたずんで、一緒になって聞いている」と言うものなんです。それほど、「ショパンの曲」が「祖国ポーランド」を思う強い気持ちに溢れているという事のようですが。


この話と、小泉八雲の「耳なし芳一」の「夜な夜な、平家の亡霊に平家物語を聞かせることをせがまれる」と言う話とが、幼い私の脳内で、ダイレクトにリンクして怖さが増幅され、物凄くトラウマになったのです。

そして、それ以後ショパンの曲を弾いているピアニストの側に、ポーランド貴族の亡霊がいるような気がして、また、ショパンを聞くと「もれなく亡霊さんも付いてくる?」と言う感じが拭えませんでしたのです。

すみません、阿呆な私で。ですから出来るだけ、クラシックのピアノコンサートも「モーツァルト」とか「ヴェート−ベン」を選んでいたほどです。

しかし、そのトラウマが完璧に拭えたのは、4月5日の「鼓・ピアノ・舞の競演「舞鼓(まいつづみ)」〜日仏修好150周年記念〜」のパリ公演の凱旋公演を浜離宮で見てからかもしれません。

ショパンのエチュードやポロネーズと舞踊と鼓の音の重なりの素晴らしさ。泣きました、私は。奇しくも、最前列と言う最高のお席で、息使いすら聞こえるようなお席で、ショパンも舞踊も鼓も堪能しました。

そして、舞台が終わり、万雷の拍手とスタンディングオベーションの中で、不思議な事に「ショパンへの忌避感」は、どこかに消えていました。それから、ショパンにはまってます。

長くなるので、一旦切ります。
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