「摂氏零度の少女」と「仏果を得ず」

新藤 冬樹さんと言うと「闇金融業界」で働いた経験を持ち、そのため「ノワール小説」で小説家デビューなさってます。

でも、その反面「忘れ雪」等の「銃愛小説」も手がけてられますが、ここ最近「砂漠の薔薇」のように「実在した事件」(「砂漠の薔薇」は、数年前に起きたいわゆる「お受験殺人」の犯人の女性の心理を小説化しています)を手がけてられて、その系譜の第二弾が「摂氏零度の少女」です。

これは「タリウム」を母親に摂取させ続けた女子高生がモデルとなっている小説です。

私がしたいのは「書評」ではなくて、その中の一文なのですよ~。出版業界と映画化・テレビ化を巡る攻防?めいたものがチラッと出てきます。

主人公の母(タリウムを摂取させられた設定の)は、出版社に勤めています。彼女の担当する本が、ドラマ化されると。それも、当代随一の人気枠。

「小説の映像化・ドラマ化の話は、千三つ。つまりは、千のうち三つモノになれば良い方というくらい当てにならない。製作会社から、映画配給会社やテレビ局に何百と言う企画が持ち込まれるが、ドラマにも映画にも枠に限りが有るので、殆どがボツとなる。

しかし、例外的に、配給会社やテレビ局が「ドラマ化したい」と言う希望を自ら持つ場合には、飛躍的に実現化の可能性が広くなる。


ところが、その場合には「テレビ局」なり「映画制作会社」の意見が強くなる。

この本の中でも、「原作のタイトルを変える」と言われて、原作者は「冗談じゃない!」と怒る。
でも、テレビ側は「それならば、他の人の原作で」と譲らない。「利益と利益のぶつかり合い」の凄まじさ。

そして原作者の気持ちや立場などは考慮されない。

それは、「ヤッターマンの主題歌」騒ぎ(YAHOOの記事とリンクしています)でも、問題化されています。

その「原作者」と「出版社」と「テレビ局」とのせめぎ合いが、出版者に勤める主人公の母の「タリウムに冒された身体」には辛い。確実に「放送されるまでは未定」と言う厳しい現実。

私も頭では判ってはいても、こうして本で「業界の駆け引き」を改めて読むと、言葉も無いですね。
こう言うのを読むと、一概に「希望が叶った~。自分の要求が通った~~」と素直に喜べない自分が居るのは、私が意地悪だから?ですか?

この本を読んで、同時に「親たるもの、子供の内面意気がついているか?」と背筋が寒くなりましたのも事実。

犯人の少女も「頭が良く、親には優しく、親の自慢の子」でしたのですよ~。それだけに怖さも倍増。

姉娘が親に忠告するも「あの子に限って」と受け付けない

ご興味とお暇の有る方は、ご一読を・・

「仏果を得ず」は三浦しをんさん原作で「文楽」の義太夫語りの人とお三味線の人を軸に「文楽」の世界のお話。

本のキャッチコピーが凄い。

「“好き”が過ぎるとバカになる。でも、そんなバカならなってみたい。」

素敵でしょう??まさに剛君バカは私だ~~と思えました。

「君と寝やろか五千石とろか、なんの五千石君と寝よ」(江戸時代の郭で流行った戯れ歌?だと思えます)
高杉晋作の都都逸で”「三千世界のカラスを殺し、ぬしと朝寝をしてみたい 」と並ぶ??「人を思う気持ち」の名作だと思えますが~~(この本のキャッチの好きは、男女間じゃなくて、「芸が好き」の意味ですが)

この本の中にも「世襲の太夫」と「研修所上がりの太夫」との「陰に陽に違う待遇の差」なども書かれていますが。

なにしろ、このキャッチコピーが秀逸!

判る~~と思ってしまった

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