追加しておきます。

追加しておきますね。

貞奴さんの功績は、「外国で認められた」だけじゃなくて、日本に戻り「女優さん養成所」を作った事でも有ります。

その当時の以前の俳優さんは、勿論、女優さんと言う事は有り得ずに「男性が女装する=女形以外は、舞台に立てない」のでしたし、「先輩や師匠のプライベートを手伝いながら、その合間に『芸を盗む=見て覚える』」と言う方法しか演技を勉強出来なかった」のですと。

ですから、彼女の場合もアメリカに渡って凄く苦労した時に、女形が病気でステージに立てなくなってピンチヒッターで立った舞台が、好評で・・

でも、彼女は「自分は、踊りと小唄は勉強したけれでも、芝居の勉強をした訳じゃないから」と終始「自分は女優じゃない」と言っていたと。それでも「時代の流れ」を考えて、「これからは女優が必要になる」と「女優養成所」を立てるも、周囲の反発は凄くて、大変だったと。

「阿婆擦れ(アバズレ)養成所」とか「どうせ、ロクでもない箸にも捧にも引っかからない下層階級の女が食い詰めて通うんだろう」とかの批判を受けるものの、蓋を開けると「良家の子女や奥方が大挙して押しかけて来た」そうです。

でも、貞さん自信は、あくまでも「夫を立て夫を支える妻」の立場を守ろうとしたと言うから皮肉なものです。

でも、周囲のあまりの反発に「二度と日本では舞台に立たない」と決心。それを翻意させるように叱ったのは、祖父だったと。

「何のために、お前さんは外国に行って学んできたんだ?その経験を生かさねば、何になると言うのだ。」って。

もうね、胸に来ましたね、この言葉。もしかしたら、「家庭に入って一人の女として幸福になりたい」と貞奴さんは思ってたかもしれないのに、祖父の一言は厳しかったかも・・

でも、貞奴さんが、万が一「外国での素敵な思い出」を個人的な思い出として、そのまま消えてしまっていたら、今のような「女優さんが舞台に立つ時代」はかなり遅れたのじゃ無いかな~って思えます。

そして、川上音次郎さんは大阪にも「帝国座」を作るのですが失敗。東京の帝国劇場で貞奴んはお芝居していますね。

やはり、私の「ファーストミュージカル体験」が小学校の時に見た、「帝劇」で行われた「海外公演のミュージカル」だったのも、何かのご縁か?と思ってしまいました。

私は今、日本の元気がなんとなく無くなりつつ有るような昨今、こんな素晴らしい日本人が存在した!ローカルな芝居小屋の一座が、アメリカやヨーロッパ、ロシアと言ったグローバルでも十二分に通用していた事実を再認識するためにも、ドキュメントとして製作して欲しい!と願いますよ。

貞さんだけじゃなくて、彼女の周りには、多くの政治家・経済人などが綺羅星のごとく輝いていた時代です。

全ての人が「重箱の隅を突付く様な荒探しで小さくなりつつ有る今、グローバルに生きるためには、破天荒さも必要だ」と私は思ってます。

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