「映画雑感」ですが、結局は「我田引剛」な雑感  その2

「リーピング」

この映画、テレビとかで「イナゴ少女現る」とかの惹句で有名じゃなかったでしたっけ?

でもですね、夕飯の支度や何かで忙しかったので、最後の方だけしか見られませんでしたが・・これも「有りそう~」と怖かったですね。

内容は「ネタばれ」に近くなりますが、要するに「旧約聖書の『10の災い』が小さな田舎町に振りかかります。

発端は、ある少年の死でした。それ以後、その少年がおぼれた川が血に染まり・・イナゴが襲い掛かり・・
村人は、牧師の言いなりに「死んだ少年の妹が悪魔である」と断罪。

その少女を殺そうとします。

女性の学者は「数多くの奇跡は、全部科学的に解明出来る」と信じていますが、この村の「災い」ばかりは、どのように調べても「科学的に有り得ない事ばかり」

最初は、その少女が「怪しい」と思う女性も、驚くべき真実に辿りつきます。結局は、一人の邪悪なアジテーターによる、村人が「集団催眠状態」になっていて。

この映画を見ていて、ゾッとしたのは「神を愛し過ぎて、信じ過ぎて、それが叶わないとなると、その存在を全部、頭から否定していまい、反対に『悪魔信仰』に走ってしまう心理」でした。

そして、一人の「カリスマ的存在」によって、催眠術のように「自分の意思を失い、指導者の言いなり」で「理解出来ない存在」「自分と違う意見の人」の抹殺を図る。

これは怖かったですね。おそらく、「旧約聖書」とか「キリスト信仰」とかに無縁な方だとしたら、「悪魔」の恐怖って、イマイチ理解を超えるかもですが、西欧では何と言っても「キリスト」「反キリスト」の存在は大きいみたいです。

勿論、その牧師は「最初から、その少女が邪魔だった」のです。なぜならば、彼女こそが「力ある存在」「神から選ばれたる者」だったから。自分は「神から選ばれし者」じゃないのに、自分の力を過信して「神に裏切られた」から「神を捨てて、悪魔に帰依する」と言うスタンスを取ったから。

そして、そのカリスマ的指導者に踊らされて、自分の意見も何も無く、ひたすら牧師の言うとおりに「我々を救ってくれるのは、神じゃない~、サタンだ」と。

「神は判り難い」し、中々「希望を叶えてくれない」し、「いまいち、理解しがたい」そこで、「理解しやすく、ご利益?が簡単に授かる方が良い」とばかりに、邪教に走る。

この映画の最後で、村人が口々に「少女を殺せ~」「この少女が諸悪の根源だ~」と言いながら迫ってくるのを見て、なんだか「ある光景」を連想しました。

「誰か一人をターゲット」に決めて、「箸が転んでも、XXのせい」とばかりに、攻撃する姿勢。

「自分が好きな人がやる事は、全部正しい、可愛らしくて許せるけれども、嫌いな人がやったら、全部悪くて、嫌で許しがたい」

口を開くと「呪詛」としか思えないような言葉の数々。「言葉の刃」で攻撃する。
「自分達と違うから」「自分達の言う事を否定するから」「自分達の理解出来ない行動や言動を取るから」攻撃されて当たり前。しかも、「自分達は絶対正義である」と言うスタンス。

世の中の事なんか、「色眼鏡」を掛けて見れば、色が付いて見えるのだし、粗を探そうとすれば「完全無欠な人」なんか居ないのだから、どんな人だって欠点は有るはずなのに・・

なんか、重なって見えましたよ、「集団心理」「アジテーターに洗脳される心理」が透けて見えて怖かったです。

結局は、その女性が「真実」に気が付き、最後の「神の災い」となる、天から降ってくる火(この辺りになると、さすがに、荒唐無稽?と思えましたが)に全てを焼き尽くされる村。

でも、最後の最後にどんでん返しが

心から怖いと思ったのは「愛し過ぎ、熱中し過ぎて、美化し過ぎる怖さ」です。それは、いつ何時、深い愛情⇒憎悪に変わるかもしれないから。そして、優秀なアジテーターに無批判に従う人々・・怖いな~と思えました。

人事じゃなくて、「剛君」「光一さん」そして「東山さん」だって、もしかしたら「ファンの思い込みの人物像」じゃないと判ったら、手の平返しで「大嫌い」となるかもしれないと言う思いに至りました。

そし、同時に「そう言うファンに囲まれたタレントさんは窮屈だろうな~」と思えました。よく「タレントは商品」だと言う方が居ますが、私は「タレントさんだって、人です。同じ感情を持つ人です。決してサイボークでも、完全に人格高潔な聖人君子でもないのじゃないか?」と思ってます。

「そう言うファンの思い通り」にしていたって、いつ何時、その人が気が変わるやら家庭の事情でファン辞めるかもしれないでしょう?

そこまでして「自分の意志を曲げて、ファンに尽くす必要って有るのかな?」と思えます。

それを「どんな会社でも、欠陥商品にクレームをつけるのは当たり前」って、それじゃ「タレントさんは商品ですか?」と言いたい私です。

少なくとも、「タレントさんは人間なのですから、欠陥商品」と言える心理は判らないな~と思えます。

そんな不安定なファンに振り回されているタレントさんが、気の毒になります、時々ね。

ラジオを聴いていると、「そのままの剛君で良いです」とか「今は理解出来なくても、きっと、判るようになるだろうし、きっと追いつけるからそのまま走ってください」と言うメールを剛君が読んで、喜んでくれたのを聞いて、私も凄く嬉しかったですよ。

「すてきなファンだな~」って。私も「どんな剛君でも、どんな東山さんでも受け入れられると思ってますが」

ただ、現実問題として、東山さんのファンの方ですらも「今回の舞台は見に行かない」とおっしゃる方もおられる。それも、経済的な事情とかじゃなくて、「嫌いな感じの作品だから」「東山さんらしくないから」と言う理由みたいですね

JWEBでも「頑張ってる」と書かれている東山さんの舞台なのに・・東山さんのファン歴は、短い私ですら悲しく思えますのに、ご当人はどれほど残念か・・と思えますよ。

でも、敢えて「勝負に出る東山さん」及ばずながら、応援します。

一生懸命タレントさんが頑張っても「自分が気に入らないものは、要らない」と言う意見も判りますが、少なくとも「商品云々」と言うのは、ちと悲しいかな~と。

前にも書きましたが、伊集院先生の「贔屓するという行為は、『世界中の誰がその人を批判しても、その人を庇えると言う強い意識が無ければ、本当の贔屓とは言えない』のだが。」と言う言葉に同感した覚えが有ります。

私は、何が正しいか、何が間違っているか!なんて、「時代」と「数」が決める事だと思ってます。
すみません、偉そうで。

PS:「題名を間違える」と言うのは、大変失礼な行為だとご指摘を受け、私も「なるほど~」と思い、全部直しました。

文字にするのと言葉にするのとの違いは有れども、そう言う方は「やはり「『題名を間違えるのは、作品に対しての冒涜だ』と突っ込まれるのかな?」と思った私です

長くなるので、一変再び切りますね。

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