異論反論は、お有りでしょうが・・

「成功する男はみな非情である」 角川 いつか 著 大和(だいわ)文庫
「少の器 参謀の器」 童門 冬二著 青春文庫


偶然、これらの本を見つけました。面白かったですよ~。目から鱗なんてものじゃないです。

角川さんと言う女性は、10代で業界に入り、色々な経験を積んで、しかも世界各国のTOPと言える男性との公私の交流を通じ、上のような結論を持ったとか。

勿論、彼女の言う事が「100%真実」だとは言いません。あくまでも「彼女の周りの方の意見」ですからね。

ですが、私は私なりの経験と実感から「俗にTOPと言われる人は(男とは限定してません。女性もそうだから)非情である」と思ってます

勿論、全部が全部、そんな人ばかりじゃないでしょうが、やはり「失うモノが大きければ大きいほど、守りに入る」と思ってますから、結構に「厳しい」と言うか「シビアー」と言うか「非情」と言うかな部分が有ると思ってます。

実際に、本当に何度も「嫌な思い」を経験しました。そして、段々と私自身が「人が悪くなってきた」感じがします。

時として、私には「上から目線」だとか「何様?」とか「人の痛みを判れよ~」と言う声が聞こえてきます。その度に、「なるほろ~、傍から見ればそう見えるのだろうな~」と思ってます。

そして、「あなたの好きな剛君が、愛を叫んでいるのに、ファンであるあなたが、そんな愛の無い言葉を垂れ流してサイテ~~」「人の痛みを判る人間じゃない。人の痛みを知って欲しい~」「私の娘には、あなたのように人の痛みが判らない大人になって欲しくない」などと言う言葉も受けます。

その言葉も当然だと思えます。ですが、私の半生では、フリップマーローじゃないですが「強くなければ生きてい行けない・優しくなければ、生きていく資格が無い」と言う感じでした。

もっとも「後半の優しさ」はちょいと疑問ですが。

私は、時として「人が見ないようにしている事実。考えないようにしている事実」をズバッと言ってしまう事や書いてしまう事が有ります。でも、私は「現実から目をそらして生きていくのが苦手なんです」

私は「愛を守るためには、愛する者を守るためには、際限の無い優しさを投げるばかりではダメだろうと思ってます。それでは愛する者を守るどころか、時としては目茶目茶にしてしまう事も有る」と思ってます。

;剛君が「愛を叫ぶ」のは、彼のカリスマリーダーとして、凄く良い事だと思うし(上から目線でごめんなさい)必要な事だと思ってます。

ですが、その一方で「愛を守るには、時として『強さ』、あるいは『非情さ』も必要な事も有る」と思ってます。そして「誰かが、汚い仕事を引き受ける必要も有る」と思ってます。それは「カリスマリーダー」の役目ではなくて、「参謀」の仕事だと思ってます。


世の中には、「役割分担」が決まっていて、全員が全員、リーダーやTOPになれるはずもないのじゃないでしょうか?

私は、生まれながらに「将の器」じゃなくて「参謀の器」なのだと思ってますので、絶対に「TOP」に立って、人を引っ張る方じゃないです。

むしろ「縁の下の力持ち」で、根回しとか計画を練る方が性に合っています。そう言う人って、時として「嫌われる」事も多いのだと思ってます。時として「ダーティーな部分」も引き受けないといけないからです。

コンな事を書くと「一緒にしないでよ~」と言われそうですが、私の好きな「土方歳三」さんなども「自分が、嫌われ者、憎まれ者、汚い裏の仕事を引き受けることで、局長である近藤さんの手を汚すことなく、新撰組を守れる」と、わざとのように「非情な行動」を取ったと言います。

どなたがどう思われても、どう言おうと、今は地球規模で「緩やかな、しかし、確実な衰微をたどっている状態」だと思ってます。

全ての面で「今までのような『右肩上がりの成長』は無理だと思ってます」ですが、それを悲観したり、必要以上に嘆いているだけでは、何も始まらないのじゃないでしょうか?

そんな中で、「自分の役割」を、きちんと把握して、与えられた場所で一生懸命頑張ること」が、今要求されているのじゃないかな~と思ってます。

それも違うかな~?「頑張る」事一つのも大事な「選択肢」だけど、「開き直る」「現実を受け入れて、その中で満足して生きる」と言う生き方も「選択肢の一つ」じゃないかな?と思ってます。

私は、家族が大事です。そして、やはり、「一期一会」ですから、こここまでハマッタ「堂本剛」さんと言う人「東山紀之」さんと言う人が大事だと思ってます。赤の他人にここまで入れ込むのは、異常だと思ってますが。

大分前から、「行き過ぎたファンの言動が、タレントの足を引っ張る」と言い続け、何度も何度も「そんな事は無い!」と叱られました。でも、私は、その考えを変えてはいません。

今のこのキンキの状態、どう考えてもオカシイと思っているからです。

恒常的なレギュラーのテレビ番組は、剛君のソロ番組が一本。キンキとしてのバラエティーが一本。

ラジオは、剛君のみ、地方局ですがレギュラー二本。長寿ラジオだった「キンキラ」も終了。「どんなもんや」も終了だとか。

それが何に原因するのか?と言えば、必ず帰って来る答えが「グループとしての体をなしいていないから」「誰のせいだと思っている。アイツのせいだ」と戻ってくると思えます。

ですが、本当にそうでしょうか?本当に、彼一人の言動だけでしょうか?我々ファンには責任は無いのかな?

ずっと続くと心のどこかで信じていた「プレゾン」が終わってしまいました。でも、大阪千秋楽では、私は「まだ大丈夫。違った形でも、何らかの楽しみは有る」と感じました。

もしかしたら、3人での活動は、今のような形では無いかもしれませんが、私は東山さんの「楽しい事、一杯しよ~」と言う言葉を信じます。

キンキキッズに関しては、今は、カウントダウン、お誕生日コンと続く「大阪公演」で、否定的な声も多く聞かれます。

それって、もしかして「我々ファンがどこをどう騒いでも、絶対に許される」と言う甘えが有るからこその言葉じゃないでしょうか?

「どうせ、なんだかんだ言っても、我々ファンが望むようになるはず」とか「我々が要望すれば、必ず叶うはず」とかね。


なんだか私には「駄々をこねている」としか思えない事が有ります。

事務所の方だって、テレビ局の方だって、一生懸命、やってくださってるはず。なのに、口から出るの言葉の多くは「良くて当たり前」「悪いと集中批判」

私は、チキンかもしれないですが、いつだって「与えられるモノをし一杯楽しもう」「どんな事にも不平を数えるよりも、楽しみを見出して行きたい」と思って「ファン活動」を続けております。

ここまで進んでしまった事態を、今更、元のように戻すのは不可能だとしても、少なくとも「食い止める」事は出来るはずだし、「進みを遅くする」事は可能だと思ってます。

昔の「バブル期」のように「消費者は神様」「お客の声は絶対」と言う事は、今ではあまり通用しないのじゃないか?と思ってます。

私にも「じゃあ、どうしろと言うの!」と言われても、勿論、確実な正解は出ないと思ってます。

ですが、一つだけ言える事。

「要望」と言う名の注文も、時と場合とやり方と方向によっては、逆効果になり得るのじゃないか??って思えます。

そして、「解散したら、未来はバラ色。ソロが充実する」と言うのには、賛成出来ません。それは、過去の色々な事を見ているれば、自明の理じゃないでしょうか?

もっとも、私の事です。どんな事態になっても、「それを受け入れちゃう」のでしょうけれども。


「逆境もよし、順境もよし。要はその与えられた境遇を素直に生き抜くことである」 松下幸之助

またこう言う言葉も有ります。「成功する男はみな、非情である」より。

運気が上昇気流に入っているときはガンガンやればいい。

下降気流にはまったり、停滞しているとおもえたら、逆に、無理しないで、勉強し、溜める時期だと思えばよい。

動くばかりが能じゃない。下降気流にはまったときは自分を磨け。


生意気を言うようですが、ファンとして「差す手引く手」を間違えなければ、それはそれなりに「楽しいファン活動」って出来ないでしょうか?

そして、なによりもファン活動は、ファン活動。人生の目的や人生のほとんどを、それに費やしても、決してタレントさんに面倒見て貰えるわけじゃないし、「全ての事は自己責任!」だと思えますよ。

誰かのせい!にしていても、事態は変わらないと思えます。それならば、いかにしたら、良くなるか!と冷静に勉強して研究してみる方が得策じゃないでしょうか?

「何をどうやっても動かない人をヒステリー声で、動かそうとしても動かないと思ってます。そういう時は、静観してみると、新たな展開が開けると思ってます。

そして、「運」と「人の力」を味方につける!これが一番早道だと思えますよ。

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