一日遅れですが

8月6日は「広島原爆記念日」でした。

私の大学時代の大先輩の妹さんはお母様が被爆なさり、その18年後に生まれたのにも拘らず生まれついての「原爆症」でられました。

それゆえ生まれてからずっと入退院を繰り返し、彼女のお兄様はずっと「核廃絶」を訴えられていました。

私どもが大学生の時に「今日は何の日か知ってる?」と聞かれ、茶化した男の子に彼は殴りかかろうとしました。

「ふざけるな~。僕の妹は、ずっとずっと苦しんでいるんだぞ~」と。大先輩(と言っても私は女子大ですが、近所の大学に通う大学の先輩です)が男泣きに泣いてられたのを見たのが、なによりも「原爆の悲惨さ」を身近に感じた時でした。

幸いなのか、知らない事を知る不幸なのか?私の周りには、国籍を問わずに海外の知り合いが沢山います。
彼らの本音や何かを聞き知ってしまう事は多いです。

アメリカ・イギリス・デンマーク・韓国・タイ・マレーシア・ドイツ・台湾・香港・中国etcそれぞれの国との日本との過去の関わりが有り、個人対個人では無問題でも、やはり彼らの親や親戚やマスコミなどは色々との意見が有るみたいです。

時として、個人対個人でも立場によって判って貰えない事が有ります。

おそらく「原子力兵器」の悲惨さは、その場での目に見える被害以上に、その後、何十年にもわたり苦しめられる悲惨さが大きいと思ってます。

今、私は「二つの祖国」by 山崎豊子 を読んでいるので、余計に「被爆者の悲惨さ」を感じるのかも知れないです。

8月9日の「長崎原爆記念日」を前に、考えてしまいました。