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EternalTuyoshi'sRoom(剛君語り
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キンキキッズの堂本剛さんが大好きな管理人が、堂本さんのこと映画のことや本のことなど、ジャンルを問わずにしつこく語ってます。
「Chimela(キメラ)」とはギリシャ神話の中の動物です。頭がライオン、体が山羊、しっぽが蛇だと言われます。
私にとっては、堂本剛さんは「歌手」「俳優」「ギタリスト」「アイドル」「プロデューサー」「デザイナー」etc色々な才能が交じり合っている「キメラ」のような人なのです。その意味で、このブログのサイドネームを 「キメラ」にしました。このブログはEternal Tsuyoshi's Room Chimela の一部です。http://eterno-amore.sakura.ne.jp興味のおありの方は、こちらにもどうぞ。
紫の掲示板(雑談・情報)http://eterno-amore.sakura.ne.jp/bbs29/bbs29.cgiもご覧ください


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3月22日奈良100年会館の総括の前に その2

2012/03/28 08:20
吉野から石舞台に向かいます。Sさんは石舞台はライブの時に来られましたが、バーフアウトで剛君が撮影していたので、行こうと。

懐かしくないですか?この光景。

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石舞台から三輪に向かいます。Sさんは奈良新公会堂の夕方、繰り上げ当選でしたが、22日も虫の知らせでお休みを貰っていたのと言う事なので、強引に吉野行きにお誘いしました。

そして「チケット無いけど並んでみる」と私は「吉野の山のパワーと大神神社のパワーで大丈夫!」と。

Sさんはライブの時も何時も何処も見学する事無く戻られてたと言う事で、今回が初めての「剛君所縁の地巡り」でしたとか。

私といると、振り回されます(*^_^*)

お昼時なので、Sさん初めてだとおっしゃる「森正」さんに

ニュウメンと季節のご飯(土筆ご飯)を頂きました。美味しかったですよ〜。ここにも剛君ファンが。お声は掛けませんでした。なにしろオバちゃん二人とオジちゃん一人で、絶対にファンだとは思われ無いだろうと。

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箸置きが生の椿の葉っぱです

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ここで「柿の葉寿司」を買い、ドングリ飴ちゃん買って、お土産の素麺大量は送って貰い、大神神社に

画像は有りませんですが。お参りを済ませての帰りに、剛君とお揃いの一眼レフ下げているファンの方とすれ違いました。

凄い影響力ですね。

「奈良ぶらり」に出てきた八百屋さんと神仏具屋さん

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ここで剛君も買ったミカンを時期外れですが購入。

ここの八百屋さんは、一の鳥居と二の鳥居の真ん中あたりで、神社を背にしてみると「線路を渡ってすぐ」に有ります。

百年会館にいよいよ向かいます。そこでちょっとしたパニック?が(*^_^*)

一旦切りますね。
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3月22日奈良100年会館の総括の前に 

2012/03/27 23:27
3月22日

この日は吉野に行きたい!と思っていたので、前もって予約しておきました車のお迎えが9時に。

しかしここでもハプニングが・・9時になっても車が来ない。なんと「奈良ホテル」に迎えに行っていたと。「奈良日航」と言ったつもりが・・


なんじゃかんじゃしながら、Sさんと吉野に向かいます。ドライバーは私の「奈良での足」となっていてくれる「K」さんです。

この日は「あれ?なんで会社のじゃないの?」という素朴な疑問に、代車だと言う事でした。24日から吉野山への交通規制が始まるそうで、間一髪、吉野の「奥千本」まで車で行けるラストチャンスでした。

微妙にラッキーです。しかし間違えて金峯山寺に行きたかったのに、金峯神社に行ってしまった。

金峯神社からの光景。
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手洗い水がが自然の竹で「鹿」に見立てて有ります。

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金峯神社

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ここから更に700メートル行くと、西行庵が有ると言うのですが、西行さまごめんなさい。剛君のトークライブでの体力を温存するために、諦めました。

義経の隠れ塔も有りますそうです。歌舞伎で有名ですよね。「義経・静、吉野の別れ」

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昔から修験者さん達はここを修業の場にしたそうですが。

ドライバーのKさんが「すまんすまん。金峯山寺って、蔵王堂の事か。勘違いしていた」と。

凄い山道を下って行きまして、やっと「金峯山寺」へ。
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実はどうしてもここに来たかったのは奈良四神の散華の朱雀だけ無かったからなんです。

本堂にお参りして、無事に散華を頂きました。
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無事に、北の玄武:西大寺 東の青龍:室生寺 南の朱雀:金峯山寺 西の白虎:朝護孫寺が揃いました。

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その時は残念ながら「特別公開」の日では無かったのですが、パンフレットを頂きました。
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「夜の特別拝感」(拝観の誤字じゃないです)
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「拝観」を「拝感」と書くのって、なんだか剛君ぽくないですか?

そして次に「石舞台」に向かいます。

一旦切ります。
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3月21日奈良17時 22日奈良17時・20時 23日京都 宇治文化センター総括もどき

2012/03/27 16:12
トークショーの記憶が曖昧になってきまして、トーク内容は全部まとめて総括しますが、一応。

3月21日 奈良新公会堂

西大寺から向かいました。まだ早かったので中に入ってお庭の撮影です。
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しかし肝心の外観を撮り損ねてました。きっと舞い上がってたのですね。

最初に、招待メールに書かれた時間の「15時からの方 次に15時20分からの方」とそれぞれの列を作ります。

そこからは大体番号順でした。

中に入るとカウンターがいくつか出来ていて、そのカウンターに行き「CD代金3000円と身分証明書と招待メールの整理番号を受信した携帯を提示。

住所氏名が間違っていないか?確認後、チケットとお土産(ふつーよしちゃん)のシールを。

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このシールの「紅縁会(こうえんかい)」の字を「紅稼会」と読んで、果たして何と読むのか?としばし悩む私は大バカモノです(>_<)間違いに気が付くと、申し訳なくて穴掘りたい雰囲気でした。

そこから開場まで外で待っていました。場所はやっぱり能舞台定員500名。入れたのが奇跡と思えました。てっきりと「年齢制限」で断られると思ってましたし。

ここでも不思議な出会いが。ツィッターのフォロワーさんで、東京でお目にかかっていたYちゃんにバッタリ。彼女は強運で繰り上げ当選で二回とも入れると。

夜の部を京都に振り替えられた私は「鉄拳パ〜〜ンチ」(殴ってませんよ)その彼女から紹介された方も、フォロワーさんでした。

そして広島からいらしたSさんと久々の再開。彼女も急きょの繰り上げメールでやってこられて。私は受付済ませて、一人でこられていた方とおしゃべりしていると、Mちゃん登場。「小原さ〜〜ん」の声に、おしゃべりしていた方が「え?小原さんって、ブログやツィッターの?」と。もう一回穴掘って、入りたい私。きっと良い評判の訳が無いから、悪評何だろうと思う私。


いよいよ開場。ブロックごとに分かれます。Cがま正面のブロックで、Bが橋掛の脇。AはCの隣の小さなブロックだったはず。ちなみに私はCでした(後ろの方ですが)

奈良新公会堂サイトhttp://www.shinkokaido.jp/noh.htmlで能舞台が見られます。

右の方に二つ折りの白い衝立が置かれて、そこから剛君が出入りします。

私は「橋掛」写真の左の方の橋の所から出入りしてくれるのかな?と期待していましたが。

舞台の上には緋毛氈が引かれ和机が一つ。

剛君が登場します。黒いサテンのような光るソフトなダブっとしたジャケット(カーディガンジャケットのようなモノ)に素材違いのダボっとしたパンツ。ジャケットにアクセントに「紫(剛君は後に、グレーと言っていましたが)」の長いストール。

なぜ能舞台で講演会をしたかと言う話を。5回のトークショーでの記憶がごちゃ混ぜですが・・

能舞台と言うのは、天井(写真でお判りと思えますが、能舞台には天井の下に屋根が有ります)・舞台床・壁と全てに木材が使われ、それゆえに音の吸収や反響を計算して作られているため自然のままマイクを使わないで自然のままの柔らかい音が出せると。

剛君は今の機械に頼る音楽の音、例えば機械で圧縮をしたMP3とかの音は、音を圧縮してしまうので、堅い音になってしまう。勿論、音楽として流通させるのには必要な事なのだけれども、やはり自然な柔らかい音に拘りたかったという理由で、能舞台を選んだそうです。

これは私も聞いた事が有ります。CDを制作する時に、上と下の波形を切ってしまい平均的な音にして、誰もが耳に心地よいサウンドにしてしまうので、本来の音とは違うと。

それで耳の肥えた音楽通は、デジタル録音のCDを避けてアナログ録音のレコードを聞きたがるとか・・

能楽堂を選んだのは音だけじゃ無くて「能の死生観」や「能の表わすもの」が剛君の考え方に近かったからだそうです。

☆1「死生観」

橋掛と言うモノで「あの世とこの世」を結び、登場人物も死者や亡霊役が出てき来て、生きている人と一緒に舞台に立つ事が多い事で判るように「死と言う事に関して否定的じゃない死生観」


☆2「アドリブセッション」

アドリブ、舞と謡(いわゆる歌?)と囃し方(小鼓・大鼓・太鼓・笛etc)との指揮者も楽譜も無いのに、一致するアドリブ性でありセッションがFUNKと共通する。

このアドリブ性は「能楽トリビア」http://www.the-noh.com/jp/trivia/079.htmlのNO79に載っています。

このような事から「能」に興味を持った剛君は、今回も「能舞台」を選び、そして「シャーマニッポン」の曲のミュージックビデオに「能面」を用い、能の「擂り足」を用いたそうです。

そして剛君は何度も僕がやりたいのは、宗教じゃない。国を作るとか言ってオカシイノジャないか?とも言われるが、「国」じゃなくて「くに」であって、大昔はリーダー的存在がいてその周辺に彼に力を貸す集団が集まって、上下関係無しで、国の権力者と民のように「一方通行」ではなくて「相互で意志の確認し合いをしながら、協力して一つのモノを作り上げたい」と言う思いで立ち上げたシャーマニッポンだと。

そこには「依存関係」は有ってはならない。でも何かに依存するのが宗教だとしたら、今、僕がここに持っているこう言う機器(ipadを持っています)や携帯やパソコンに依存する事も、宗教になってしまうと思う。

今は「親指」産業と言って、親指を使うデジタル機器がブームであるから、親指宗教になってしまうのじゃないか?と。


あっという間の一時間でした。駅まで歩きまして、駅でSさんと合流。発車ベルを聞いていないと言うので、奈良駅に入場券で入り聞きました。

京都は男性のアナウンスですが、奈良駅は女性でした。

その後、Sさんと近くの居酒屋さんで乾杯してホテルに。Sさんは22日のチケット無いけれども並んでみると言うので、22日の私の予定に無理くり便乗して貰う事に・・

長くなるので、一旦切ります。
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奈良京都トークショーの総括の前の長い前置き

2012/03/26 10:19
3月21日奈良:新公会堂能舞台17時 22日奈良100年会館17時・20時 23日京都 宇治文化センター17時・20時トークショー総括もどきをしたいと思えます。

総括と言うか覚書と言うか日記と言うか・・でも5回も有ると記憶がごちゃごちゃですので、ご容赦を。

その前に、長い前置きをお許しください。

当選メール

忘れもしません、3月11日平安結祈の最終上映日この日は「マーチングJ」の最後の日でも有りました。

しかし3時から上野で行われるコンサート(クラシックのチャリティー鎮魂コンサート)に行かないといけないので、六本木で映画の初回を見てドームに向かい、その後上野に!とか気楽に思ってました。

しかし突然「やっぱり2回見よう。そうすれば総計が9回で、FUN9だから」と思い返し時刻表とにらめっこして、地下鉄の日比谷線を使えば上野まで一直線でギリギリ間に合うと思いました。

第1回目の上映を終えて、2回目の上映の合間に、携帯のスイッチを入れると一斉に雪崩込んできたメールの山

確実に迷惑メールだろう!と思った私。tousen@だから、やっぱり変なメールと違う?「おめでとうございます。あなたに何とかが当選しました」とか言う迷惑メールだろうと思って、もう少しで消すところでした(@_@;)

でも消す前にアドレスブロック掛けないとと思って開くと「え??マジで?本当に当選したの?冗談じゃ無くて」と。

年齢の打ち込みで確実に「あ〜、無理だ、こりゃ」と半ば諦めて、でも万が一の保険と思って京都の夜以外は全部申し込み。すなわち5回申し込んでおりました。当選メールは5通。そんなバカな〜

その日は時間が無いし、頭がパニックで家に戻って良く確認しました。すると21日の奈良の夜申し込みが23日の夜申し込みに振り替わっていました。

奈良のホテルは抑えていましたが、京都はまだ。閃いたのが「そうだ、3回も天候やこちらの都合でキャンセルになった上賀茂神社の『特別拝観 日供祭参加プラン』を開催しているホテルに申し込もう」

運良く部屋を抑えましてた。なんだかそれからの日々は、ワタワタでした。当選メールに書かれた通りに詳しい住所やらなんやから書きこんで送付。間違いなく送ったか心配で確かめたりして。

招待メール

今度は詳しい場所や整理番号の入ったメールが。「これを無くしたら大変」

場所を見て、他の事情と相まって奈良のホテルをキャンセルして会場に近いホテルに変更。
ラッキーな事に、ビジネスシングルレディースプランは、前のホテルと同じくらいの安さ。のちに皆様に「そんな値段で泊まれるの?」と驚かれる安さでした。これはマジ。基礎化粧のパックも宿泊分つけて貰えるし。勿論、部屋は激狭ですが、寝るだけだから。

京都は「う〜〜ん、遠いな〜」と思うも、泊まったホテルのコンシェルジェサービスが半端無いので、丸投げしようと決めました。

3月21日

前の晩まで留守家族用の食事の下ごしらえやら買い物を済ませ、寝たのは午前様。起きたのは6時。

数時間の睡眠後、なんじゃかんじゃで家を出ます。丁度通勤時間帯と重なっていてのラッシュ。しかし私の使う電車は「特別車両」が有って、別料金で座れる座席が確保出来ます

キャリーバックを座席と壁の間の隙間に置いて(これは失敗でした。足の所に置けば良かった)しかも窓際に座ったのもいけなかった。

何時もは新橋とか東京で降りるので、ウッカリと品川で降りて新幹線に乗り換えるのを忘れていた。ふと気が付いて品川に付いた途端に「降りなきゃ〜〜」と思うも、お隣の見知らぬサラリーマンは、リクライニングして爆睡。

私のように物見遊山じゃなく連日のお仕事に疲れ切った企業戦士の一時の至福の睡眠タイムをお邪魔しちゃ悪いと思うも、仕方が無い。

「すみません」最初は小声で。しかし起きない。段々と声が大きくキツクなる。やっと起きてくれたが寝ぼけて現状把握出来ないみたい。

やっとまたぐようにして通路側に。しかしリクライニングの背もたれにキャリーバックが挟まって取れない。ヤケクソで引っぱりだし、飛び降りました。

間一髪、扉が閉まりました。

前途多難の旅の始まりを予感する出来事。

しかし品川駅の大阪方面乗り場は、24番
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京都着

わき目もふらずに、近鉄ホームに。特急電車は止まっていますが、発車ベルを聞いてからでは乗れないのじゃないか?と思い特急券は買わずに、次の電車に乗る事に、。

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発車ベルを聞いた特急
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スピーカーの前に、長い棒の先に集音マイクをつけた男の子がスタンバイ。私も隣でスタンバイ。シュールな絵柄。見るからに「鉄男」君と心は剛君オタクなるも、剛君とお揃いのモノは何も身につけていないので外見からはファンと判らないオバちゃんが並んでいる。

発車ベルが。やった〜。泣きそう。彼は鉄男なのか?それとも剛君ファンなのか?悩みつつ、声をかけず。

この時の発車ベル(アナウンス付き)をアップしました。ここで聞けます。http://tvider.com/view/79061音が大きいのでお気をつけてください。

発車ベルが鳴ってから発車までの時間が有るのに気が付き「発車ベルを聞いてからでも乗れるな〜これは」と。

次の特急に乗るために特急券をホーム内の券売機で買いました。
剛君が奈良から東京にレッスンに通う時も必ず使っていたと言う特急。乗らないでか・・(すみません、キモイオバちゃんで)

次の特急は橿原神宮行きでしたので「奈良行くのか?」と思ったら、途中で切りはなし。
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凄く迷いました。西大寺で降りようか?近鉄奈良まで行こうか。

西大寺下車⇒西大寺⇒ホテルチェックイン⇒新公会堂に向かうプランか、近鉄奈良⇒奈良駅⇒ホテルにチェックイン⇒西大寺に戻る⇒近鉄奈良⇒新公会堂 どちらにしようか悩みましたが、荷物が重いので後のプランに。

西大寺到着

お手水で清めます。

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ご朱印を頂きました

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愛染堂でご朱印を頂くと、話が「堂本剛」さんの事に。「今日は何か奈良でやりはるってそうで、朝からファンが仰山、来はった」と。私に「何処から?」と聞かれ「桜はまだなのになんで?」と聞かれて、ついポロリ(>_<)
「え〜〜、娘さんと一緒に来はる人は人はいるけど、オタクさんの年齢で一人では珍しい」と言われる私(@_@;)


西大寺さんじゃ無ければ、許すまじ!余計なお世話!と開き直りたいオバちゃん(@_@;)

太鼓の練習をする音が聞こえて、幼稚園で練習しいと言う事で「ここの幼稚園はな、毎朝境内を3周するんやけど泣きながら走る子やら笑って元気な子がおってな。堂本君は・・・・・
私は、それでそれで?それ聞いたら、最前の失礼な言葉は許せるけどと思う。しばしの間が。ドキドキしつつ次の言葉を待つ私。
「忘れた、堂本君はどっちやったか」そげな〜〜


B’Zファンの方と逢って、仙台の剛君のライブ後にB’Zのライブにも行った事を話す。西大寺さん「そんな遠くまで追っかけはる?」と珍獣を見る目で。返す返すも失礼三昧(>_<)

気を取り直して、剛君桜へ

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同じような画像なるも微妙に違います。
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西大寺の青空
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この後、近鉄で近鉄奈良に向かい新公会堂に向かいます。

やっとトークショーの事書きますね。
一旦切ります。
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学校時代に習った物理の動滑車と定滑車とか梃子の原理を覚えてられますか? その2

2012/03/25 17:54
大分、間が空きました。その間に奈良と京都のトークショーに参加していました。

今現在は、「三平女子」と言って「相手に、平均的な年収で、平凡な外見で、平穏な性格の三平」を望むそうですが・・

私はこれも一時期の「クロワッサン症候群」と一緒で、全員が全員、同じ風潮に踊らされることは無いと思ってます。そうしたければそうすれば良し、したくなければしなくても良いのじゃないか?と。

長く生きていての実体験ですが一生続く安泰は無い。一生続く平穏も無い。どんな時にもどんな状況でも耐えられる知恵と勇気と力を持たなければ、やっていかれない世の中にこれからはなると思えます。人から与えられた平穏を求めても、それが長く続くか判らないと思えますのですが。

本当に心から「三平」を望むのならば良いのですが、もし半分以上諦めとか周りがそう言うからとかの妥協だったら、後から困らないでしょうか?

大体において、物事「足掻いて足掻いてやっと現状維持」が原則的だと私は思っております。もし万が一、チャンスが有ったら飛びたいと思う方は、諦める前に「滑車」や「梃子」になりそうな人を探してみるのも、一案じゃないかと思うのですが。

本当に何度も言いますが、黙って夢見て口を開けて上を見ていても、落ちてくるのは鳥のフンばかり。

そして幸福の女神は、決して判りやすい恰好もしていません。むしろ「判りにくい恰好」(あくまでも比喩です。実際の服装とかじゃないです)で現れる

しかも扱いにくい事が多い。ワガママだったり自己中だったり。しかしそれを乗り越えると、ラッキーが舞い降りると思ってます。


なんだか最近では、すぐに「上から目線」と言う言葉で人の意見を切り捨てる傾向に有りますが、それも気をつけないと大事な縁を壊しかねないのじゃないかと思えます。

私ごとで恐縮ですが、私のネットワークを劇的に広げてくれた方の話し方を聞いていたら「上から目線」とか「偉そうに」なんて言えない段階です。実際に彼女の交友半径、それも口だけじゃなくて、私自身もそう言う場所に時々お伴しますので、彼女のネットワークが実際に半端ない事は判っております。

それだけの立場の方にとったら、私のような人の言動を一々咎めたくなるのは、当然なんです。事実、私は人様に「偉そうに」とか言える立場じゃ無いので仕方が無いです、言われても。

どなただって自負心もプライドも有るとは思えますが、今の世の中は、その自負心やプライドが異常に発達し過ぎじゃないかと思えます。

だからこその「上から目線でモノを言う」と言う言葉なのじゃないでしょうか?(こう言う言い方が、上から目線なのでしょうね〜)しかしそれを飲み込んでこその引き立てなのじゃないか?と思っています。

現実問題として、梃子人間や滑車人間を使うと一人では動かなかった物事も動き始める事も多いのは事実なんです。

しかしその代償は結構に大きなモノとなりますので、決して「平穏な生活」とは言えないかもです。でも「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」と言う言葉も有る事だし、棚から牡丹餅は落ちてこないと思ってます、私は。

知り合いの音楽家は、全然売れない不遇の時代を過ごし、ある人と知り合ってから彼女の努力と引き立てとネットワークをうまく使って、モノの見事に頂点へあと一歩までと言う位置におられます。

それを「卑しい行為」とみなすことは簡単です。でも、そうやってきた彼は今度は次世代の教育に手を貸していますので、それはそれで立派じゃないかと思ってます。

人にはそれぞれの役割が有るのは、承知です。「駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人」と言う言葉も有ります。ですから、皆が皆、駕籠に乗りたいと思っても無理ですし、担ぐ人も草鞋を作る人も必要だと思えます。

しかし一億総、穏やかな生活を願ったら、日本の国力は下がる一方じゃ無いかと危惧します。


皆様も人間らしさの追及も大事ですが、今の生き難い世の中を生きていくためには、そして円滑な剛君応援活動を続けられる事を願うならば、自分にとって「梃子人間」「動滑車人間」を見つける事も大事かも知れなくないでしょうか?

しかしすぐには見つかりませんし、長い年月をかけて信頼関係を結ばないと、一朝一夕には動いてくれませんのも事実ですが。

でも時間を掛けて、信頼関係を築きあげれば、きっと手助けしてくれる人は見つかると思えます。

私は堂本剛さんと言う人は、自分では意識ないで、周囲の人が「動滑車」「梃子」となってくれる人を惹きつける人だと思っております。

それゆえに、勿論、努力もご苦労も有るとは思えますが、大筋で彼の望みは叶えられているのじゃないか?と思っております。それは、彼の徳かな?と思っております。だからこその彼の今じゃないか?と思っております。

支離滅裂になりましたが、今の私の正直な気持ちです。
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学校時代に習った物理の動滑車と定滑車とか梃子の原理を覚えてられますか?

2012/03/14 12:05
タイトルを見て「滑車?この人大丈夫?」と思った方も多いと思えます。

そして、色々な方が世の中にはいて、これを読んだら「自慢ですか?」とバッサリと切る方も多いと思ってます。
なぜならば、幼児虐待の凄まじい体験で受けたトラウマを克服した方のエッセイですら、書評で「自分はこんなに辛い体験を乗り切ったと言う自慢ですか?」と言う書く方もおられますから。

本当はこんな事を書いても誰一人興味すら抱かないだろうし、何を寝語と言っていると思う方の方が多いとは思えます。

でももしかしたら、どなたか一人くらいはここから何かを得るかもしれないし(無い無い!)でも何よりも私は大好きな大好きな堂本剛さんのように人からどう言われようと、どう思われようと、自分が信じる事を発信したいのです。

もしご賛同してお付き合いいただければ幸いですし、長いですがお読みくださると幸いです

自分の望みを叶えたいけれども、中々、物事がその通りに運ばないジレンマ。そんな時に、やり方を変えてみると言うのも一つの対策じゃないか?といつも思っていました。

Aのプランに固執していてばかりいるよりも、Bのプランに方向転換して考えたらどうだろうか?って


オイオイ!タイトルとどういう関係が有るのだ?」少々お待ちを。 

実は数日前にふと「人間にも、もしかしたら、『滑車』的な役割をする人がいて、その人の力を借りれば、一人じゃ動かないと思えるような事も割と簡単に動き始めるのじゃないか?と思いつきました。

ここで取りあえず簡単に「滑車と梃子」について復習しておきますね。物理が大嫌いだった私です。特に「動滑車」と「定滑車」が「反対じゃないの?」と思って混乱した経験有りの人間なので、物理的な事はサラ〜〜と飛ばし書きします(間違っている記述は無いように頑張りますが、それでも有ったら申し訳ないです)

勿論、物理が本当に苦手な私ですので、完璧に正しい物理学を述べたいのじゃ無くて、人間関係と連動しているのじゃないか?と思う勝手な理論?をぶち上げているだけなので、その辺はご容赦を。

動滑車と定滑車とか梃子って?
動滑車
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上に引っ張り上げる事になるけれども、錘の半分の力で持ち上げられる。

定滑車
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錘の重さは変わらないが、下に引っ張る事で持ち上げやすくなる。

梃子はご存じのように少ない力で重いモノを持ち上げられる。力点支点作用点とか習いましたよね?
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懐かしくないですか?こんな絵。

私は物理の時間の時に動滑車を使うと持ち上げる力が半分になると説明されても「え〜〜、そうなの?定滑車の方が持ち上げるの楽そうだけど」と思ってました。

物理頭じゃない単純な私には動滑車は安定していない分だけ、扱いにくいイメージが有って、おまけに上に引き上げるのって力がいるのじゃないか?と言う考えが消えないからなんです。

そこで、このように「動滑車」と「定滑車」を組み合わせると「重さは2分の1とか4分の1の力で、しかも引っぱる方向が変えられるので楽に持ち上げられると言う事になります。

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この場合は、2分の1の100キロの力で持ち上げられます。

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この場合は4分の1の50キロの力で持ち上げられます。

梃子は割とすんなりと頭に入ったのですが。滑車は実生活では縁は無いし、なんだか今でも??ですが。

物理の事はこの辺で・・

何回も書いたので、耳タコでしょうけれども、私は実は今でこそ忙しく社交に勤しんでいますが、学生時代や数年前までは人間関係が苦手で、外に出るのも大嫌いな人でした。

結婚相手の仕事も家でする専門職なので、当然?と言うか広い色々な世界の方と個人的な中々交流は望めなかったのです。彼自身も社交的な人じゃ無かったし・・

そんな私に訪れた転機色々な出来事が積み重なっているのですが、その辺は省きます。

日常の中のある一場面で、不思議な女性と出会ったのです

彼女は若い人はともかく、ある年代以上の方のその世界では知らない人は「モグリ」と言われる方を父と持ち、もうひとつの世界でも知らない人は居ないだろうと思える方の一族の長と結婚した方です。

彼女との出会いは詳しくは書けませんが、おそらく普通の人ならば「絶対に仲良くしたくない」と思える状況だろうと思ってます。

私自身、結構に無鉄砲で向こう見ずではありますが、それでも今から思うと「なぜ、あの時あの状況で彼女と話したいと思ったのだろうか?」と今でも思えます。

しかし今になって思うと昔話の「多くの人は汚らしいこじ○だと思って邪険にしたら、実はそれは神様で数少ない親切にしてくれた人にだけ幸運をもたらした」と言う話を思い出します。

この手の話は洋の東西を問わず、形を色々と変えて登場します。旧約聖書にも「ソドムとゴモラのロト一家だけ神の使いに助けられた」と言う形で登場しますので、普遍的な真理かと思ってます


話を戻します。

彼女はなにしろ普通の人の様には見えない。恰好とか髪型とか態度とか・・・でもなぜか私は彼女が嫌じゃ無かったし、彼女の中に髪形や奇妙な外見や突拍子もない言動の中に、何かしらきらめくモノを感じたからかもしれないです

そこからのなんじゃかんじゃは省略します。それから数年の色々なお付き合いを通じて、もしかしたら彼女は「滑車や梃子の役割」をしてくれたのじゃないか?だからこそ、私自身の力以上の事が今出来ているのじゃないか?と思ったのです。

一見すると私の場合のみ、レアケースだと思われるかもですが、上でも書きましたが洋の東西を問わず「本当に自分にとって大切な人は、最初はなかなかそうとは思えない恰好で現れる」と言う事実が有りますよね。

シェークスピアのリア王もそうですよね。三人の娘の内で、コーデリアだけがリア王を心から思っているのに、口では優しい事を言わないので、口だけの上の娘二人を愛してしまう。しかし本当に困っている時に態度を変えなかったのはコーデリアだけだったと。

リア王の場合はちょっと違うケースですが、私だけじゃ無くて、もしかしたら必ずどなたにもそういう人(「自分の運命を変えてくれる」あるいはそこまで大袈裟じゃ無くても「仕事や生き方の手助け」をしてくれる人との出会いは有る。でもそれと気が付かないで目先の色々に騙されて目に入っても、その人とのご縁を捨てているだけじゃないか?と思ったのです。

特に動滑車の役割をする人と巡り合っても、付き合うのは難しいかもしれません。

本当の動滑車だってどう考えても「使い難そう」と私には思えます。実は私の知り合った彼女と付き合うのも「一種のコツ」が必要な状態でした。

元来が人付き合いの下手な私どう考えても巧く社交が出来る訳はない。最初は泣きそうな日々の連続でした。

でも「野生の勘」と言うか奇妙な心地良さを彼女に感じましたのです。

勿論、彼女の言動の突拍子も無さ、我がまま、その一見すると風変わりな衣装や髪型で、初対面から彼女を避ける人は沢山います。

でもそう言う事を補って余りある幸福感とラッキーを彼女は与えてくれます。そんなモノには頼らないでも私は平気!とおっしゃる方には、この文章は無意味かと思えます。

でも何度も言いますが、それが良い事か悪い事かの問題の是非は置いておいても悲しいかなこの世の中には、一人だけの力では解決付かない問題も多いと思っております。

そんな時に動滑車的な役割な人がいれば、自分の力の半分の力で物事は動きます。ましてや動滑車が二つ三つ、そしてそこに定滑車の様な人が加われば、もっと楽に動きますと思います。

ズルイ生き方かもしれません。でも、悲しいかな、努力だけで誰もが必ず成功するとは限らないのは長い歴史も教えてくれています。

今のような難しい世の中では、余計にネットワークが必要なのじゃないか?と思えます。


長くなるので、一旦切ります。

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平安結祈 鑑賞の感想です 総括してみました その3

2012/03/13 16:51
空〜美しい我の空

この曲を聞くとまず思い出すのは「西大寺さんの蹲(つくばい)の竹の蓋?の上の椿」です。これはPVでも出てきます。そして同時に思い出すのは「奈良で剛君が墨と筆を買ったお店」に偶然入ってしまい、そのオバちゃんから剛君の事を聞いた話を思い出します。

その話はこちら(オンタイムでの話では無くて、あまりに一時期剛君への酷い書かれようだったので、封印を解いて書いた話です。嫌な気分になられるかもしれません部分が有るかもです。ごめんなさい)

そして「オバちゃん、元気かな〜。息子さんと仲良くやっているかな〜」とついつい思ってしまいます。

この曲は東義さんとのコラボの曲でも有ったんですよね。「堂本兄弟」ゲストでの東義さんが「ハイヤーイベント」にゲストで来てくださった時にも泣きました私。

それから初めての「薬師寺ライブ」でのシークレットゲスト。その時には、次の日には東義さんが東京の埼玉寄りの場所でライブの予定だと知っていた私は、ネットの噂の「東義さんが登場する」と言う書き込みには「有りえない!」と思ってました。

だって次の日が関西圏でのライブならばともかく・・東京のしかも埼玉寄りの地域のライブ・・無理絶対無理だと思ってました。

それだけに、この歌も感慨深くて。

平城宮跡の青い空と剛君の習字の字が常に浮かびます。

この曲の映像の時に、剛君の右側のライトの光が「六つの突起が有る星形」に見えました。光の加減なのですが・・凄い神秘的な印象です。

HELP ME HELP ME

この曲は「ジョンレノンスーパーライブ」に剛君が行って、イベントに出る事は許可され無いので、楽屋から見ていて、苦しくなって階段に座り込み作った曲だと記憶しています。

本来の歌詞は魂が血を流しているような悲しく辛い言葉の羅列だった。その曲を聞いたファンの誰もが泣いたと思う。

「イベントになぜ出ちゃいけないの?」と思って。でもそれも時を経て、剛君はシークレットでは有りましたが、東京フォーラムの屋敷さんの主催イベントに出て、藤井さんやダニエルパウターさん達と同じステージに。

最後のアンコールにも参加出来るようになって(その後のNHKテレビには映らなかったですが)

これも感無量です。でも、この曲は当初の「血が流れる様な歌詞」ではなくて「愛」と言うフレーズに転換された歌に。

闘って血まみれになりながらも、一つ一つ着々と手に入れていいる気がします、剛君は。

この曲を聴くと、本当に「投げ出したらいけない。きっと思いは届く」と思えます。

「縁を結いて」

最初から剛君は泣いていたみたいです。色々な思いが胸を打ったのかもしれません。

私は剛君ファンのS様と光一さんファンのN様との奈良の旅を思い出します。あの衝撃的な京都の地下鉄のポスターと近鉄京都駅での六カ国語のポスターの写真を撮りに。

この曲が出来たと言う「天河神社」の朝参りもしてきました。

この曲も何度聞いても良いと思えます。私も色々な思いがあふれ出てきます。

この曲に関しては、言う事も無いです・・と言うか言いたい事が有り過ぎかもしれない・・

セッション

しかし凄いメンバーを揃えたものです。色々とライブの時にメンバーが変わりましたが、私には今のメンバーが一番しっくりくるかもしれないです。

ましてスティーブさんとレナードさんの掛け合いに屋敷さんが加わる。もう贅沢過ぎる。

みなとみらい以来、スティーブさんを崇拝している私には、思わず拝みたくなるような映画ですよ〜。

銅鑼を叩くスティーブさん、鈴を振る姿も神々しく(@_@;)ホーン隊の大柄の重量感あふれる音の洪水。

ギターの竹内さんと名越さんの違う色気の発露のギター。ベースのkenkenさんのチョッパー。十川さんの大人なキーボード。Swingーoさんの「まさかの三味線!?」と言う遊びの音。

平岡さんのホーミィーを思わせる声。一気に、京都からモンゴルの大草原にトリップさせられます。

バンドの方達が本当に楽しそうにセッションしてられて、こちらもウキウキしてしまいます。思わず身体が・・動きそうですが・・映画館なので我慢我慢の時間でした。

とにかく、映像も音も素晴らしく、平山郁夫画伯の世界感と通じるような映像も有りました。

「オレンジの光にたたずむ砂漠の民の衣装を彷彿させる衣装を着た剛君」が映し出されると、平安の都からモンゴルを通り過ぎて、中東のキャラバン隊の一員の「砂漠の悩める闘う王子」がそこに居た気がします。

剛君の衣装も京都で見た時は「花柄」の着物風のガウンとしか認識していませんでしたが、実は「花の部分のビロードっぽい部分以外は透けている」のだと気が付き。

剛君が腕をあげると透けて見えましたから。

それとか「白い皮の鼻緒の草履」を履いていたんだとか、瑣末な事にまで気が付いて。

しかし見る劇場、見る位置によって映像が違って見えたのは私の気のせいだろうかしら?

最後にオレンジで「祈」とこれで「結」「祈」です。

特別映像

テロップが静かに流れ「題字 堂本剛」と言う字がひときわ目を引き、これで最後?と思うと、幾つもの灯篭が丸く置かれ、その中に、アルルカン(ピエロ)のような衣装をつけ、銀のマスクをかぶり、銀の靴を履き、髪を上の方で一つに縛って、しかもカリーな剛君が。

灯篭の絵は、月の満ち欠けと人の走る様子。後ろの絵は「剛紫」さんの時の花?のアレンジみたいにも見えるし・・

このマスクは私には「ヴェニスのカルナバルマスク」に見えました。東山さんがヴェニスに行った時にお土産にジャニーさんにヴェニスのカルナバルマスクを買ってきて、それをヒントに「プレゾン マスク」を作ったのと言う話です。

ダンスは私には「マルセルマルソー」のパントマイムに近い気がしました。
最後まで芸術的な映画だ!と。

「戻る事が未来」!深い言葉じゃないかと思えます。

特別上映と言うために、短い期間でしたが、ライブに行けなかった多くの方達、私のようにライブでは思わなかった事気が付かなかった事を気がつかせてくれた貴重な映画でした。

長いだけで感想にも何もなっていないレポでお粗末でした。
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